数年前までは百貨店や大きなショッピングモールなどでしか見なかった授乳室、最近はあちこちで見られるようになりました。これらの設備が充実し、赤ちゃん連れのママの負担とストレスが減っているのはとても喜ばしいことです。しかし便利になる反面、赤ちゃん連れママたちの行動が制約されてしまうのでは?と個人的には少し心配しています。
今回は海外での外での授乳や授乳室の事情と比較しながら、日本の授乳問題について考えてみたいと思います。

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ドイツ、タイ、アメリカの授乳室は?

「ドイツではまだ授乳室が少なく、私が見たことがあるのはIKEAか、ショッピングモールくらい。みんな普通にどこでも授乳していますよ」と言うのはドイツ在住7年になるSさん(6歳、2歳児のママ)。授乳時には授乳ケープもつけません。カフェのテラス席で与えているママもいるし、公園でも普通に与えていて、“青空おっぱい”と呼んでいるそうです。ネーミングだけでもさわやか、癒される感じがします。
「こちらは空間的にも余裕があるし、他の人にどう見られるかはあまり気にしないという気質、文化だからかな…」
確かに東京ほどの人口密度となると、他人の行動が目に入りやすくなり、気になるのかもしれません。

タイの場合はどうでしょう。タイも同じく大型のデパートにしか授乳室はないようで、空港にもまだ整備されていません。「タイではお金持ちはシッターさんを雇って子どもの世話をしてもらいますし、お金のない人は親に子どもをみてもらって働きに出るので、ミルク育児が主流。だから授乳室がないのかも…」と、Yさん(2歳、0歳児のママ)は分析します。彼女は常に授乳ケープを携帯し、どうしても必要なときにはスタバなどカフェの隅の席で授乳しているそうです。

アメリカ。シアトル在住のEさん(4歳、1歳児のママ)は、「こちらでは、授乳室は日本ほどは整備されていないです。ショッピングモール内の女性トイレのオープンな場所にソファが置いてあるか、またファミリートイレに置いてあるくらい。個室やカーテンもありません」
よってママたちは適当に座れる場所があればどこでも授乳しているのだそう。また授乳は授乳ケープか授乳服を着用するのが主流のようです。
兄妹がいる場合は、授乳中に上の子どもたちの様子も気にかけなければならないので、車内で授乳する人も多いのだとか。車社会のアメリカらしい事例ですね。

公共の場での授乳が権利として法で守られているアメリカ

そんなアメリカ、実は授乳が法で守られています。
「ワシントン州は2001年に女性が公共の場で授乳する権利を保護し、授乳や母乳を搾る行為は公然わいせつ罪にあたらないとする法律を施行しました」

「また、シアトル市では2012年4月9日、シアトル市議会が、“公共の場での授乳は守るべき人権である”とする条例を可決しました。これにより、レストラン・各種店舗・プール・図書館での公の場で子どもに授乳している母親に対して授乳をやめるよう求めたり、別の場所に移動するよう依頼したり、何かで胸を覆うよう指示したりする行為は違法となりました」(シアトル最大の日本語情報サイトjunglecity.com 「公共の場での授乳」より引用)

さすがアメリカ! 授乳するママの権利がしっかり守られています。

まさに私が懸念しているのが、「授乳室で与えることがスタンダードになると、外での授乳がタブー視され、ますます赤ちゃん連れのママへの世間の目が厳しくなるのでは…?」という点。授乳室が増設、完備されることは素晴らしいことですが、逆にそちらに追いやられ、ますます外での制限が増えてしまうのではないかということが心配なのです。

「アメリカではあちこちで授乳している人がいますし、ケープや授乳服なので授乳している側としても、見る側としてもあまり気になりません」とEさんが言うように、日常の風景の中に授乳をしている母親と赤ちゃんがいるのが普通。老人や若者、親子、子どもたちが混じっているのが社会であり、その社会の中で子育てをしている世代がいること、いろんな立場の人がいることを互いに認識することも大切なのではないかと思うのです。

ハード面の充実と共に必要な寛容さ

海外に在住のママたちは、日本に帰国するたびに、授乳室の多さやファシリティーの充実度など、きめ細かな配慮がなされた設備に、“さすが日本だ”と感動するのだそう。
しかし「子育てするママにはやや厳しい国なのかも…」「日本のママたちは周囲に恐縮しながら子育てをしているな…」と感じることがあるのも事実。実は私もそう感じたひとりで、オーストラリアから2歳と0歳の子どもを連れて帰国し、東京での生活が始まったときの逆カルチャーショックは、まだ心に焼きついています。それまでは自由にどこでも授乳をしていたのに、日本に帰ると周囲の目を気にして授乳する場所を探さなければならない、授乳ケープをつけないと恥ずかしい。また子連れで外出するときには、周囲の人に迷惑をかけないように頭の先からつま先まで神経をとがらせピリピリ、帰宅したときには疲れてヘトヘトでした。自分の国で育児をしているのに、どうしてこんなに肩身が狭いのか、どうしてこんなに疲れるんだろう…と何度も思いました。

とはいえ、外で授乳する人がいると、目のやり場に困るという気持ちもわからなくもありません。
「カフェであげているのは気にならないけど、電車内だとどうかなぁ…」(Sさん)、「父親になる前は、図々しいか配慮がないかと思っていましたが、今では人前でも授乳せざるを得ない事情がわかりますし、気にならなくなりました」(Tさん、2歳児のパパ)という意見もあったように、外での授乳は、授乳服や授乳ケープを着用して、違う立場の人への配慮も必要なようです。

「アメリカでは見知らぬ人も含め、日々たくさんの人たちに助けてもらっています。その恩恵を当たり前に思わず、もらったやさしさは必ず次の人たちに届けたいと思っています」とEさん。

社会は、“ありがとう”と“お互いさま”の繰り返し。子育ても同じで、そのときにあたたかな目で見守ってもらえたなら、必ず次の世代にそれをつなぐことができるはず。授乳室のハード面の拡充と共に、他者を思いやる気持ちと受け入れる気持ちのある、寛容な社会になるといいな、と思った今回の取材でした。

<文:フリーランス記者 林 未香>

この記事を書いたライター

林未香さん

写真家、ライター。2017年、3人の娘を連れて東京から山口の小さな町へUターン。夫は単身赴任中。趣味はキャンプ、DIY、旅行、魚をさばき調理すること。写真も撮れるライターとして活動中で、子どもの挑戦・冒険ネタが得意。

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